【信長の野望 出陣】名城図鑑を埋める旅⑦ 二条城|成瀬マンホールカードの寄り道が京都・滋賀の古戦場巡りになった日
こんにちは、うま吉です。
今回の外出の目的は、大津市で配布されている『成瀬は天下を取りにいく』のマンホールカードを手に入れること。
「せっかく滋賀まで行くなら、途中の京都にも寄れるよね?なら、以前訪れたことのある二条城にも久しぶりに行ってみよう。」
そんな軽いノリで、この日の行程は決まりました。

……この時は、まさか2万歩以上も歩くことになるとは思いもしませんでしたが。


二条城へ行くこと自体も、その日の朝に思いついた突発的なもの。さらに現地に着いてから、
「そういえば、この辺って『信長の野望 出陣』の古戦場スポットも結構あるんじゃね?」
と考えたのが運の尽き。
本能寺の変、永禄の変、延暦寺焼き討ち、志賀の陣――。
気が付けば京都から滋賀まで、城と古戦場を追いかけて歩き回る修羅の出陣になっていました。
今回は、名城図鑑7城目となる二条城を中心に、思いつきから始まった京都・滋賀遠征の様子をお届けします。
『信長の野望 出陣』とは?
『信長の野望 出陣』は、コーエーテクモゲームスが配信しているスマートフォン向け位置情報ゲームです。実際に街を歩いて領地を広げ、武将を集めながら天下統一を目指します。
全国の城・古戦場・名所がゲーム内スポットになっており、実際に現地を訪れることで「名城図鑑」や「名所録」が埋まっていきます。
二条城へ
まずは今回の目的地のひとつ、二条城へ向かいます。
大阪市内からJRを乗り継ぎ、「二条」駅で下車したのですが、これが意外な落とし穴。

二条城の入口は駅の反対側にあるため、外堀を横目に見ながらぐるっと回り込む必要があります。

「目の前に見えてるのに、なかなか着かない……」と、いきなり軽いウォーミングアップをさせられました。
ちなみに、アクセスだけを考えるなら地下鉄東西線の「二条城前」駅の方がおすすめです。
数年ぶりの二条城へ
二条城を訪れるのは数年ぶり。以前は『信長の野望 出陣』をやっていなかったため、名城図鑑を埋めるために来たわけですが、実際に来るとやはりテンションが上がります。
1,300円払ってチケットを購入し、中に入ります。

城を「訪問」登録するには、スポットから半径200m以内まで近づく必要があるので、入場する必要があると思います。

まず目に飛び込んでくるのが二の丸御殿。

そして幕末好きの私としては、ここからが本番です。
二条城といえば徳川家康が築いた城ですが、私にとってはむしろ「大政奉還の舞台」というイメージの方が強かったりします。
1867年。
第15代将軍・徳川慶喜が諸大名を集め、政権を朝廷へ返上する意思を表明した場所が、この二の丸御殿です。
これによって約260年続いた江戸幕府は終焉へ向かうことになります。
歴史の教科書では数行で終わる出来事ですが、実際にその場所へ来ると、「ここで日本の歴史が大きく動いたのか……」と感慨深いものがあります。
御殿内部は撮影禁止なので写真はありませんが、幕末好きなら入場料以上の価値があると思います。
ガチャ運も絶好調
二条城内で見つけたガチャガチャも挑戦。

こういうのを見ると回したくなるんですよね。
そして結果は……
まさかの二の丸御殿。

今日一番見たかった建物を引き当ててしまいました。幸先が良すぎる。
しかし、この時の私は、まだこの先に待ち受ける修羅の行軍を知る由もありませんでした。
天守閣はない。でも景色はいい
二条城には現在天守閣は残っていません。その代わり天守台跡に登ることができます。


高さ自体はそれほどではありませんが、見晴らしが良くなかなか気持ちが良い場所でした。

天守閣跡に登ったとき、修学旅行中の男子学生が「彼女が欲しい〜!」と青春の主張。ここは学校の屋上か? V6のあの番組を思い出しました(笑)
二条城訪問完了!

こうして名城図鑑7城目となる二条城をGET!
本来なら、このまま滋賀へ向かうはずでした。
しかし、この時ふとこう思ってしまったのです。

そういえば、この辺って古戦場スポットも結構あるんじゃね?
これが、この日の長い長い徒歩遠征の始まりでした。😅
ついでに古戦場も回収しとくか(京都編)
『信長の野望 出陣』の『古戦場図鑑』を確認してみると、周辺には「本能寺の変」「永禄の変」があるではないですか!
というわけで、まずは本能寺跡に向かうことにしたのでした。
本能寺の変
戦国ファンなら説明不要の超有名イベント。織田信長が家臣・明智光秀の謀反によって討たれた事件ですね。
『信長の野望 出陣』で訪問判定になるのは、現在の本能寺ではなく、本能寺跡付近。観光で有名な本能寺とは場所が違うので、ゲーム目的で向かう場合は注意が必要です。

ちょうど6月は本能寺の変が起こった月。444年前のこの時期信長はまさか家臣に討たれるとは思っていなかったのでしょう。
そう考えると、現代の街中散策でも歴史の重みを感じます。


永禄の変
本能寺の変のスポットを回収したところで、次の古戦場は「永禄の変」。
『信長の野望 出陣』でマップを見る感じでは、それほど遠くなさそうです。

歩ける距離やん!
そう思ったのが運の尽き。結果から言うと、約2km、30分ほど歩くことになります。

途中で御金神社を発見
歩いている途中、見覚えのある金色の鳥居が見えてきました。

そう、御金神社です。
金運アップで有名な神社ですね。せっかくなので参拝。

ブログ収益が増えますように。
現場は「旧二条城」
御金神社へのお参りも含め30分程度歩いて、現地に到着。


『信長の野望 出陣』では、二条城の城主として足利義輝が設定されています。
ただ、歴史的に考えると少しややこしい。
私たちが観光で訪れる二条城は、徳川家康が1603年に築いた城。
一方で永禄の変が起こったのは1565年。つまり約40年も前です。
義輝がいたのは、現在の二条城ではなく、この「旧二条城(二条御所)」。場所も少し離れています。
ゲームをやっていると、「足利義輝=二条城」というイメージになりがちですが、実際に現地へ来ると「なるほど、時代によって別の二条城なんだな」と理解できます。
こういう発見があるのも、実際に歩く面白さですね。
永禄の変とは?
永禄の変は1565年に起こった政変です。
室町幕府第13代将軍・足利義輝が、三好三人衆や松永久通らによって襲撃され、討たれました。
義輝は剣豪将軍とも呼ばれ、塚原卜伝から剣術を学んだとも伝わっています。
そのため、”最後まで刀を振るって戦った”という逸話が有名です。

京阪京津線で滋賀へ向かう(古戦場回収 滋賀編)
次に向かう古戦場スポットは「延暦寺焼き討ち」。
マップを確認すると、最寄り駅は京阪石山坂本線の松ノ馬場駅です。
せっかくなら遠い場所から先に回ってしまおう。
そう考えた私は、丸太町駅前のマクドナルドで早めの昼食を済ませ、

地下鉄烏丸線に乗車。烏丸御池で東西線へ乗り換え、そのまま京阪京津線へ直通するルートを選びました。
実はこの路線、『成瀬は信じた道を行く』にも登場する、成瀬あかりお気に入りのルートです。
「へぇ、地下鉄で滋賀まで行けるんですね」
城山はビデオカメラを回しながら、物珍しげに外を見ている。京都市営地下鉄の東山駅から乗った電車は途中から京阪京津線に乗り入れて逢坂山を越える登山電車になり、上栄町駅より先は路面電車になる。
(宮島未奈『成瀬は信じた道を行く』より)
小説を読んだときに「面白い路線だなぁ」と思い、過去にも乗ったことはあるのですが、何度乗っても本当に面白い。
最初は普通の地下鉄。ところが京都市内を抜けると地上へ出て、逢坂山を越える山岳区間へ。
さらに滋賀県へ入ると、今度は道路の上を走る路面電車になります。
地下鉄、登山電車、路面電車。
ひとつの路線でこれだけ表情が変わるのはなかなか珍しいのではないでしょうか。
こうして、京都から滋賀へ。びわ湖浜大津駅で石山坂本線に乗り換え、次なる目的地、延暦寺焼き討ちのスポットがある松ノ馬場駅へ向かいます。
延暦寺焼き討ち

戦国好きなら誰もが知る有名な出来事。
1571年、織田信長が比叡山延暦寺を攻撃し、焼き討ちを行った事件です。
当時の延暦寺は単なる寺院ではなく、一大勢力として浅井・朝倉と結び信長に敵対していました。
そのため信長は延暦寺を危険視し、徹底的な攻撃を行ったとされています。
ところが比叡山ではない
さて、延暦寺焼き討ちのスポットなので、当然、比叡山方面へ向かうものだと思っていました。
しかしマップを見ると、目的地は湖岸方面。しかも徒歩20分ほど。

訪問スポットは坂本城跡周辺に設定されていました。これはありがたい。
もし比叡山山頂だったら、今回の記事はさらに悲惨な内容になっていたはずです。



延暦寺焼き討ちの後、信長は明智光秀に命じて坂本城を築かせました。
坂本城は単なる監視拠点ではなく、光秀が本能寺の変まで本拠とした居城です。
歴史好きの私としては、むしろ延暦寺以上にテンションが上がる場所でした。

志賀の陣
志賀の陣という名前を初めて意識したのは、漫画『戦国小町苦労譚』です。
作中で登場したことで、「そんな合戦あったんだ」と知ったのを覚えています。
志賀の陣は、信長が浅井・朝倉連合軍と対峙した一連の戦いで、比叡山延暦寺も反信長勢力として関わってきます。
この流れを知ると、先ほど回収した延暦寺焼き討ちとも話がつながってくるのが面白いところです。
有名な桶狭間や長篠ほど知られてはいませんが、戦国時代の京都・近江情勢を語るうえでは重要な戦いだったりします。
現地は意外な場所だった
さて、坂本城跡から帰ろうとした私は、「来た道を戻るのは嫌だな」と安易な考えで穴太駅方面へ向かうことにしました。
ところがこれが意外とハード。
穴太駅付近で見つけた看板によると、その地点の標高は海抜123.8m。

琵琶湖の湖面標高は約84mらしいので、つまり約40mの高低差を登っていたことになります。

琵琶湖を見ると海のように感じますが、実は湖面の標高は海抜約84m。大阪城天守閣とほぼ同じ高さだそうです。
だから琵琶湖の水は淀川を通って大阪湾へ流れていくんですね。
数字だけ見ると大したことなさそうですが、この時点で二条城、本能寺跡、旧二条城跡、坂本城跡と歩き回った後。
足にはしっかり効きました(笑)

穴太駅(あのおえき)の「穴太」は、戦国時代の石垣職人集団「穴太衆」の発祥地。
城好きとしては、駅名を見ただけでちょっとテンションが上がります♪
京阪石山坂本線で少し戻って近江神宮前駅へ。
電車を降りた瞬間、ちょうど小雨も降ってきたこともあり、
「あ、坂か……」
と軽く絶望しつつ、「宇佐八幡宮遙拝所」付近を目指して歩き始めました。

そして到着。
現地には戦場らしい遺構があるわけではなく、スポットは神社の奉拝所付近に設定されていました。

本能寺の変や坂本城跡のような派手さはありません。
ただ、「ここがあの志賀の陣に関係する場所なのか」と思うと、不思議と感慨があります。
こういう、普通に生活していたら絶対に来ない場所へ連れて来てくれるのも、『信長の野望 出陣』の面白さかもしれません。

近江神宮といえば百人一首。実は私、「令和版近江百人一首」に一首採用されたことがあります。
短歌界の末席に座らせてもらいました(笑)

何はともあれ、「志賀の陣」もゲットです。


モバイルバッテリー、ついに力尽きる
ちなみにこの頃には、移動中も合戦をこなし、スポットを回収し、地図を開きっぱなし。
当然ながらスマホの電池は猛烈な勢いで減っていきます。
そして、持参したモバイルバッテリーまでほぼ空に。最終的にコンビニで利用できるモバイルバッテリーのレンタル「ChargeSPOT」のお世話になりました。
敵武将だけでなく、電池とも戦わないといけないハードな遠征でした。
これから遠征を考えている出陣プレイヤーの皆さん。モバイルバッテリーは大容量のものをおすすめします。
そして本来の目的地・大津港~膳所(ぜぜ)へ
こうして古戦場図鑑を埋め終えた私。
しかし、思い出してください。
本来の目的は、『成瀬は天下を取りにいく』のマンホールカードを手に入れること。
ようやく私は、大津港にある配布場所「Bird Cafe」へ向かいます。

無事にマンホールカードを入手した後は、せっかくなので琵琶湖湖畔をのんびり散策。
『成瀬は天下を取りにいく』の作中でも、成瀬たちも琵琶湖周辺を歩いています。
「歩くのは好きか?」 好きか嫌いかで考えたことはなかったが、少なくとも嫌ではない。 「うん、大丈夫」 「それなら、少し散歩しよう」 琵琶湖沿いは遊歩道になっていて、人がまばらに歩いている。 「成瀬さんは大津のどのへんに住んでるの?」「ここから直線距離で一キロぐらいの場所だ。せっかくだから寄っていくか?」
(宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』より)
聖地巡礼というほど大げさなものではありませんが、同じ景色を眺めながら歩いていると、少しだけ作品の世界に入り込めたような気分になります。
さらに、
- フレンドマート大津テラス店(「フレンドマート大津打出浜店」のモデル)
- 西武跡地に建設されたマンション
- 馬場公園
- ときめき坂





など、作中に登場した場所を巡回。
気付けば完全に『成瀬』モードです。
そして最後は膳所駅へ。
JR膳所駅でマンホールカードのデザインにもなっている実物のマンホールを見届けて、この日の遠征は終了となりました。

まとめ
今回の目的は、あくまでも『成瀬は天下を取りにいく』のマンホールカードでした。
それが気付けば、
- 二条城
- 本能寺の変
- 永禄の変
- 延暦寺焼き討ち(坂本城跡)
- 志賀の陣
と、『信長の野望 出陣』のスポットを次々回収。
さらに最後は成瀬の聖地巡礼まで楽しむという、なんとも欲張りな一日になりました。
朝は「二条城でも行くか」くらいの軽い気持ちだったのですが、終わってみれば歩数は2万歩超え。
歴史も、ゲームも、小説も好きな私にとっては大満足の遠征でした。
『信長の野望 出陣』を遊んでいる人はもちろん、『成瀬は天下を取りにいく』のファンにもおすすめできるルートです。
ただし――
歩きすぎにはご注意を(笑)。

